「足なし禅師」と言われた小沢道雄さんという方のお話です。小沢さんは幼少期に曹洞宗の道場で修行をされていました。時代は戦時中です。二十歳で招集を受けて満州へ出征します。5年後、25歳の時に敗戦。その後シベリアに抑留され、強制労働を強いられることになります。
しかし肩に受けた銃創が悪化したこともあり、無蓋の貨物で牡丹江の旧日本陸軍病院に護送されました。氷点下40~50°の酷寒の中、夏服のままで支給された食料は黒パン1個、飲み水もままならず、3日間を費やした行程では死者が続出しました。道雄さんは何とか命を落とすことなくたどり着けたのですが、その過酷な環境下、ただではすみませんでした。膝から下に重度の凍傷を負い、到着3日後に両足切断の手術を受けることとなりました。

▲小沢道雄氏(1920~1978)
手術をすることになったのは内科の若い先生です。その若い医師は小澤さんにこれから手術に臨まんとする際「何か要望はありますか?」と聞かれたんだそうです。それに対し て小沢さんは「できるだけ左右が同じ長さになるように切って下さい」と言ったそうです。それを聞いてその医師は「わかりました」と言って、祈るように、心を落ち着かせるように天井を見上げて、大きく深呼吸をしたんだそうです。
この若い医師も戦っている、そう感じた小沢さんはこの時ふと「この男になら、切られて命を落としても本望だ」と思ったんだそうです。そうしてこの壮絶な手術は始まりました。当時医療品はほぼ底をついていましたので、麻酔がありません。麻酔なしで、壮絶極まりない手術が行われました。
手術は無事終わり、何とか命を繋ぎ止めることができました。しかし、壮絶な痛みに襲われ続けます。何もできない不自由、そし て絶え間なく襲う激しい痛み。なぜこんなに辛いのかを考えたそうです。そこでぶつかったのが「過去の自分との比較」だったとのことです。
以前は自由に歩き回って動き回ることができた。それに対し て今はもう自分の力で動き回ることができない。また以前はこんな痛みなんてなかった。それに対して今は、一日中痛みに苦しみ続けている。こうして過去の自分と比べるから、苦しいんだ。そう気づくんですね。
そこで彼は腹を決めました。「過去の自分と比較するのはやめよう」、ということです。自分は「今日、今まさに生まれたんだ、自分は今日生まれたんだ」と。足がないのなら足が無いままに、足が痛いのであれば痛いこのままの姿で「今日」生まれてきたのだ、このままの姿で生まれたんだから、過去に縛られるのはもう辞めよう、と。
過去の自分と比べて失望するのではなく、 今日生まれたこの命を精一杯生きるしかない、 それだけ!と。 「本日ただいま誕生」それが植木等さんが主演したドキュメンタリー映画のタイトルでもあるんですね。
その後彼は義足を付け、禅僧としてまたビジネスマンとして、非常にユニークな58年の人生を送ることとなりました。私たちには決して分からないような死線をさまよい、極限状態の中でたどり着いた深い深い決意と覚悟だったのだと思います。
私たちは、「比較すること」から抜け出すことなんてできません。他人との比較であったり、以前の自分との比較であったり…。こんな強い決心と覚悟を持つことなんて、できそうにもありません。
しかし、今こうし ていただいている命を精一杯生きるという世界は、本来、私たちの目の前にも広がっているのではないでしょうか。過去を除けば、今日が人生で一番若い日です。仏法を聞き、お念仏申すなかで、 仏さまの願いに照らされていると知らされます。 そし て仏さまに見守られて生きるかけがえのない1日、目の前の新しい1日、そうした世界が私たちの前に広がっているのではないかと気づかされます。